ぽか(オイラの奥さん)が再入院をして数日が経過した頃、主治医からの着信があった。
「奥様の脳生検を行うにあたって手術内容の説明を行いたいので病院にお越しいただけますか?」
数日後、病院に向かうことになった。
そして、そのタイミングで娘のぴょろ子がママのために家庭科の授業で作った抱き枕が完成した。
「この抱き枕があればママも頑張れるね😉」と話し、一緒に病院に連れて行くことにした。
オイラはこの時点ではまだ最悪のケースはまったく考えてはいなかったが、ママが多少なりともシャキッとしているうちに、まともに話せるうちにぴょろ子の元気な姿を見せたかったのかも知れない。
生検の説明を受ける
オイラ自身、白血病に罹った際に医師から治療に関する説明を受ける機会があったが
この様な場は何度受けても慣れないし苦手だ。
というのも、必ず治療や手術の内容に加えてリスクの可能性について触れられるからだ。
「◯%程度の確率ですが◯◯のリスクがあります」、「命を落とす可能性が◯%はあります」
当然だがこの割合が高ければ高いほど受けるべきか否かを悩み、なんとも言えない精神状態になる。
ましてや脳生検なんて、説明を受ける前からどんな手術なのかなんとなくイメージできるからそれはもう怖いなんてもんじゃない。
実際、頭の骨に10円玉より少し大きい穴を開けるということだし、オイラの身体ならまだしも怖がりのぽかがそんなこと耐えられるのか…。
生検をすることで脳に何が起こっているのか、ほぼ確実にわかるようだ。
脳の組織をほんの少しだけ採って研究機関に送ると、およそ2〜3週間で結果が返ってくる。
思ったよりも長い…。
今でもぽけ〜らとしているぽかが、3週間後にはどうなっているのだろうかと不安になる。
ただ、生検をしたその場でもざっくりとではあるが顕微鏡で確認をしてどんな症状かを診断することも出来るとのこと。
そんな説明を受けながらも、どうにも主治医に対して信用が持てない。
そもそもこんな手術しなくてもMRIでわからないの?
髄液の検査結果を待ってからでも良くない??
あなたもしかして…
金や研究のためにやるんじゃなかろうね?
とにかく色んな疑問が浮かんでくる。
まったく人様のドタマに穴開けて脳の組織を採るなんて正気じゃないよ🫠
一通り説明を受けたあとは、「30分くらいご家族だけでお話してていいですよ🙂↔️」ということで
久しぶりにぽか・オイラ・ぴょろ子の3人で談笑した。
ぴょろ子が家庭科の授業でママのために作った抱き枕を渡す。
愛のパワーで大復活を目指してほしい。
もはや感情のコントロールも難しくなってきているぽかは何かにつけポロポロと泣き、ぴょろ子はずっとママの髪を三つ編みにして遊んでいた。
まだ11歳の子どもだ。母親に何が起きているのかなんてわからないだろうな…。
もしかしたら不安でいっぱいかも知れないし、考えないようにしているだけかも知れない。
けれども、まさか今日がママとの最後のコミュニケーションになるとは思いもしなかっただろう。
ニコニコと楽しそうにママの髪の毛で遊んでいる姿を見ると、ぽかには早く元気になって帰っておいでという気持ちで一杯になった。
ぴょろ子が大人になったら「あの時はどんな気持ちだったの?」と聞いてみようと思っている。
息子のたれ吉はまもなく高校の入学試験ということもあり、追い込みのため塾に通う毎日。
高校受験と言ったら人生の中でかなり大きな、将来を左右するような大イベントだと思う。
そんな時期にまさかの母親入院という要らぬ心配をかけてしまうことになってしまった。
そしていよいよ生検手術の日
1月後半に初めて脳外科を受診してから1ヶ月も経たずにどんどん症状が悪化してしまったぽかさん。
一日も早く生検をして結果を知りたい。
なんだ、たいしたこと無かったね。
ずいぶんと大げさなことしちゃったね。
心配して損しちゃったね。
でも良かった良かった。
そんな会話をして家族全員で安心したい。
だってうちらはいっつもそんなふざけた家庭だもの。
全てがギャグで出来ているような家族だからね。
そして手術当日、オイラは病院に向かい不安そうな表情のぽかの手を握った。
「術後は奥様はHCUに移動しますのでご主人様もHCUの前のロビーでお待ち下さい」と
看護師さんに案内され、ひたすら待機。
手術そのものの成功はもちろんのことだが、やはり気になるのはその場でおおよその診断が出来るということ。
この日までに脳の病気についてたくさん調べてきた。
初めてのMRIでは「多発性硬化症のようにも見える」と言われ
紹介された大学病院では「そのようにも見えるが他の可能性もある」と言われ
インフルエンザの影響による脳炎、抗MOG抗体関連疾患という自己免疫疾患など
どれに当てはまるかわからないが、どれも治療法はある。
多少のハンディキャップは家族全員でサポートすれば良いのだから。
だけど悪性の脳腫瘍だけは勘弁してほしい…どの文献を見ても絶望的なことしか書いていない。
どうか、今回も乗り越えられる試練でありますようにと願う。
そして約3時間後、無事に手術が成功する。
突然話しが変わりますが、相手と会話をしていてあまりにもインパクトが強い時ってその相手の顔以外の背景の映像って覚えていないことがありませんか?
たとえばオイラの場合だと、すごく大切に思っている相手がものすごく喜んだ顔を見た時や、逆に相手と話しをしていてケンカ一歩手前でものすごく腹が立った時とか。
そういう時の記憶って背景が何もなくて相手の顔しか覚えていないことがあります。
オイラの思考が止まる
HCUの前で待っていると看護師さんがやってきて手術が無事に終わったことを告げられた。
ぽかは全身麻酔の影響でまだ1時間くらいは寝ているため、意識が戻り次第面会出来ると。
そしてそれまでの間に主治医からの説明があるとのことだった。
さっそく主治医に呼ばれ面談室へ通される。
「いや〜大変でしたが無事に終わりましたよ。それに大したことなくて良かったですね」
そう言ってくれ、そう言ってくれ。お願いだからそう言ってくれ!!
それ以外の台詞は聞きたくない。
「神妙な面持ち」というのは、まさにこんな顔です。
と言えるくらいの表情をしている主治医。
ちょっと、そんな顔すんなよ。笑顔でしょ?笑顔。
「先生。それで、診断結果はどうでしょうか?」
恐る恐る質問して返ってきた答えは
悪性の脳腫瘍、しかもグレードが最も高い可能性があります。
持って1年くらいです。
俺はその時の主治医の顔以外思い出せない。どんな部屋で説明を受けたのかも覚えていない。
ただこれまでの人生で一度たりとも経験したことがない重圧と絶望で思考が止まってしまった。